
■犬山焼の栞■
日本ラインの風光と妍を競う犬山焼の起元は古く
今から凡そ三百年前、元禄年間に開窯以来
鉄釉や灰釉等を用いた瀬戸風のものから幾変遷を経て精致な
青華磁器や素朴な光琳風の桜もみじを描いた雲錦手の陶器
或は呉州赤絵や交跡風の華麗なものにいたるまで
犬山藩主成瀬公のお庭焼として数多くの佳器を世に出し
中でも画師道平の作品な等は鑑賞家の間で高く評価されていますが
幕末となり藩の斜陽と共に廃窯に瀕し、藩の御用瓦師をつとめ、
特に殖産工業の志厚かった尾関作十郎信業は
之を嘆いてその業を受け継ぎ、陶窯を改築し陶工を択び
陶土を精選して幾多の困難を重ねて之を復興し
間もなく二代作十郎信美に譲り
信美は、各地の陶磁器を研究してその長所を
採り入れ更に改良を加え、三代作十郎信敬
四代作十郎も夫々進歩を図り優美にして旧に優る佳品を焼出し
国内はもとより海外からも愛用され大いに犬山焼の名声を
天下に広めました。
又犬山焼の雅致を愛して訪れる文人墨客も多く
『川合玉堂』、『土田麦僊』等の有名画家の作品をはじめ
『おのおのに影を落としてならびたり
陶もの作りが庭の白かめ』(牧水)
『犬山のこの焼物は桃桜
咲きさかる里の土にぞありける』(古実)
等の歌も弊窯でものされ、器に残されております。
近来手作りと手描きの良さをお需めの方々も
年と共に多くなりつつありますので
ご期待に応えるべく伝統を生かし時代の感覚を
表現する作品を産出するため日夜研さんを重ねております。
何卒一層の御べんたつくださいますようお願い申し上げます。